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2006年8月23日 (水)

まず、曲のイメージを!

 先日のおけいこで「浮雲」をしました。ピッチや音の響きついてはあまり言われませんでしたが、曲想が不十分との指摘を受けました。「もっと、曲のイメージを強く持って、そのイメージの音色で演奏することを心がけて下さい」とアドバイスを受けました。他に、打つと書いてあるのに打っていない、音の短くなる所がある、などもチェックしてもらいました。以前に1度した曲なので、チェック箇所はさほど多くなかったです。
 私は「浮雲」の自由でふわっとした雰囲気が大好きです。この自由な雰囲気の曲を、是非とも自由に演奏してみたいものです。

2006年8月13日 (日)

赤ペンチェック

 最近、尺八のお稽古に行くときに、楽譜を1枚コピーして持って行きます。そして、コピーを先生に渡します。曲を吹いている間に、先生がピッチの悪い箇所、曲の流れなどをチェックして、楽譜に赤ペンで記入してもらっています。そして、次回の稽古まで、その赤ペンチェック入りコピーを使って練習します。
 以前から、1曲を通して練習することは意味がないと言われてきました。この方式になってから、漠然と練習することがなくなり、赤ペンでチェックされた所を何度も重点的に練習しています。

2006年8月 9日 (水)

「邦楽ジャーナル」

 尺八のお稽古に行くと、毎月月謝袋といっしょに、定期購読している「邦楽ジャーナル」という邦楽専門の月刊誌を受けとります。この雑誌を、私は創刊以来ずっと購読しています。邦楽ジャンルのコンサート情報やいろんな読み物が満載です。また、CDの通信販売カタログや各種邦楽グッズのカタログなどもあります。この雑誌は、一部の書店、和楽器店などで販売されており、店の名は、邦楽ジャーナルのホームページに載っています。
 尺八に関する情報はインターネットでも調べられますが、「邦楽ジャーナル」があると何かと便利です。一度、手にとって読んでみてください。

2006年8月 6日 (日)

「スウィング・ガールズ」

 「スウィング・ガールズ」という映画をテレビで見ました。高校生がジャズに夢中になる青春コメディーです。最近の吹奏楽ブームの原因といわれています。楽器がない、教えてくれる人がない、練習場所がないなど様々な困難を乗り越え、最後には、素晴らしい演奏ができるようになります。この過程は尺八にも共通しているなあ、と見ていて感じました。さらに、どの楽器も同じかなとも思いました。
 ジャズが「スィング」を人々に伝えるとしたら、尺八は日本に昔から伝わる「こころの情景」を伝える楽器のような気がします。理屈ではなく、こころのどこかが尺八の作り出す雰囲気にひかれます。

2006年8月 5日 (土)

くちびるの筋トレ

 尺八は、最初音がなかなか出てくれません。私も、最初に尺八を吹いて音がでるまで、かなり時間がかかりました。でも、あせらず一番出しやすい音(琴古譜なら「リ」、都山譜なら「ハ」)を繰り返し吹いていたら、そのうち出てきます。ただし、唇と楽器の位置関係や息を吹き込む角度は、常にチェックしてより音が出やすい位置を探すことは必要です。
 音が出てきたら、さらに美しく、安定した音を出すために、「くちびるの筋トレ」をするとよいと教えてもらいました。方法は、唇の筋肉を尺八を吹く口の形にして数秒力を加える、力を抜くの繰り返しです。この練習は、楽器がなくてもいつでもどこでもできるのがよいところです。

2006年8月 2日 (水)

音にこだわらない

 尺八を始めた頃、演奏できたらいいなあと思っていた曲は、宮城道雄作曲の「春の海」です。古典本曲を始めた頃、演奏できたらいいなあと思っていた曲は、「鹿の遠音」です。どちらも尺八の曲としてもっとも有名な曲です。どちらも、タイトルからある風景をイメージできる曲です。
 尺八は、心の中に描いたイメージを、音として表現する道具です。音を出すテクニックはもちろん必要ですが、まず心の中に強いイメージを持つということが大切になってきます。おけいこで、田嶋先生から次のようなことをよく言われます。「音は〈結果〉であって、それにこだわってはいけない。音の〈原因〉となっている精神状態を大切に。」

2006年8月 1日 (火)

長管尺八

 古典本曲を習うまでは、1尺8寸や1尺6寸の尺八を使うことがほとんどでした。しかし、古典本曲を習うようになってから、2尺4寸の尺八を主に使うようになりました。
 私が使っている2尺4寸管は、竹勇銘の尺八です。田嶋先生の所で購入しました。竹勇銘の尺八は、長管であっても歌口の内径が補正されていて大きくなく吹きやすいです。また、穴の位置も指で押さえやすいように、まっすぐではなく多少左右にずらしてあります。長管尺八は、指が押さえにくい、息がたくさんいる、などの先入観がありましたが、そんな心配はすぐに消えました。 
 長管尺八は、独特の響きを持っています。古典本曲の曲想を表現するには、なくてはならない存在です。まだまだ十分使いこなせていませんが、もっとパワーのある心地よい響きをめざしています。

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