2015年3月 1日 (日)

自然との一体感

 先日新聞を読んでいると、山伏の修行をしている方の記事が目に止まりました。山伏の修行の魅力について、自然と一体になれる、という内容が書かれてありました。自然と一体になり、自意識が薄らぐようです。
 この記事を読んで思ったことは、尺八の古典本曲のタイトルが自然に関することが多いということです。タイトルに使われている漢字には、空、雲、山、谷、瀧、などがあります。なぜかなあと思っていました。山伏の修行と同様に、尺八も演奏することによって自然と一体になることができるのではないか、と思いました
 最近お稽古で、自分でコントロールしてはいけない、流れに身をまかす、などと言われます。これらも、言い換えれば「自然と一体になって演奏する」ということだと思いました。

2014年11月 5日 (水)

武士道の精神

 先日のお稽古で、ヨーロッパでの演奏についの話がでました。ここ数年、田嶋先生は毎年秋にヨーロッパへ演奏に行かれています。むこうでの演奏会での様子を、聞かせてもらいました。なぜ、ヨーロッパの人が尺八の演奏に魅力を感じるのかというと、尺八の演奏は、禅や瞑想と結びつくからだと言われました。ただ、先生自身は、これとは少し違っていて、武士道の精神を表しているという考えです。
 解釈は自由なので、禅、武士道どちらでもいいのですが、どちらも精神的な満足感が得られることは確かです。私自身は、古典本曲を聞いていると、大自然の鼓動みたいなものを感じ、頭の中がすきっとし、心がほっとします。

2013年6月 9日 (日)

自信を持って!

 お稽古で、田嶋先生がヨーロッパに演奏に行かれた時のことをお聞きしました。世界の一流の演奏家と同じ舞台で演奏する時の心構えをとして、ただ一生懸命だけではだめだと言われました。すごいテクニックを持った超一流の演奏家に対抗するには、並々ならぬ自信と気迫が必要だというのです。勿論、魂に訴える強い精神性も必要だと思います。
 全く文化的背景の違う人たちにも、尺八の演奏が受け入れられるということに驚きを感じます。その理由はわかりませんが、尺八の演奏に普遍性があるからに違いありません。自信と誇りを持って、今後も練習に励もうと思いました。

2012年1月16日 (月)

虚空

 新しい年になって、「虚空」を練習することにしました。動機はいくつかあります。
 一つめは、以前練習したことがあるのですが、曲のイメージを十分つかみきれていないからです。
 二つめは、虚空が大宇宙、真理を音で表現している曲で、そのスケールの大きさに心ひかれるものがあるからです。静かな、ゆったりした流れの中に壮大さや力強さを感じさせる名曲だと思います。
 じっくり取り組んで、できれば暗譜して演奏できる曲のレパートリーのひとつになればと考えています。

2011年6月 9日 (木)

世界に通用する尺八

 先日のお稽古の後、田嶋先生のヨーロッパ公演の話を聞かせていただきました。今回は、本曲ばかりの演奏で、現地の人々に深い感動を与えたとのことです。いくつか、演奏を聞いてのコメントを読んでもらいましたが、どれも尺八の演奏を絶賛するものばかりでした。そして、尺八の持つ精神性が世界に通用することがよくわかりました。
 お話を聞いて、改めて尺八をしていてよかったと思うと同時に、もっと頑張ろうという気のなりました。そして、日本の伝統のすばらしさを、もっと国内で知ってもらうことに少しでも力になれたらいいなあとも思いました。

2011年1月 5日 (水)

目に見えないが…

 以前、お稽古の時に尺八の古典本曲について、先生と次のような話をしたことがあります。物理的には、息が尺八の歌口を通ると音が出ます。時間とともに、息の量、強さなどが変化して様々な音が出てきます。存在するのは、尺八という楽器と空気の流れだけです。
 しかし、尺八という物体に息という空気を流すと、そこに音楽、たとえば古典本曲ができます。古典本曲は、物理的には尺八と息から発生するのですが、精神的には何もない、目に見えないものから発生するのです。以前は、演奏者の精神的なものが演奏に反映すると考えていましたが、そうではないと思えてきました。なぜなら、自分自身の中に、古典本曲の世界が存在しないからです。
 目には見えないけれども、古典本曲の世界が存在していて、尺八という楽器がそれを音に変えているというのですが…。

2010年12月30日 (木)

自由とコントロール

 尺八の魅力のひとつは、自由であるということです。自由だからコントロールする力が必要なのです。このコントロールすること自体が、尺八の楽しさそのものではないかと思うようになりました。そして、自分の思うようにコントロールできるようになればなるほど、さらに楽しくなるなるはずです。
 さて、私はスキーを、年に1度くらいですが長年続けています。これも、スキーの板をうまくコントロールして、自由に滑ることが楽しいスポーツです。自由を楽しむためには、コントロールする力が必ず必要なようです。
 そこで考えたのは、自由に生きるには、自分を常にコントロールする力があればできるのではないかということです。したがって、毎日、コントロールすることなく、惰性で生活しているようでは、自由に生きることができないことになります。

2010年11月 3日 (水)

音楽はどこから?

 最近のお稽古でよく出てくる話が、尺八の音は無から生じるという話です。物理的には、尺八に息がいろんな角度、強弱など様々な条件で入るだけです。息をコントロールするのは演奏者ですが、息そのものには何の音楽性もありません。
 ところが、なぜか音楽になるのです。尺八に息がすーっと通るだけで、音楽が生まれるのです。何か、不思議な気がします。いったい、どこから音楽がやってくるのでしょうか。
 演奏者のテクニックや感性が音楽を生むのか、曲そのもののパワーが音楽を生むのか、以前は前者と思っていましたが、どうやら正解は後者のようです。

2010年3月 8日 (月)

楽しさの共有

 先日、尺八の演奏を少し聞いてもらう機会があったのですが、ライブで聞くのは初めて、と言われました。気楽に、尺八の演奏にふれる機会というのが、本当に少ないと感じました。もっと、尺八の魅力をアピールしなくては、と思います。
 それにはまず、自分とつながりのある人たちや集団の中で、演奏する機会を積極的に作っていくことです。その時に、ただ聞いてもらうだけでなく、何か視覚に訴えるものがあればと思います。たとえば、目立つ衣装、動きなど、何か人目をひく演出があるといいのですが…。
 当然、選曲も大切です。そして、単なる自己満足に終わらず、多くの人たちと、楽しさの共有することを、めざしていきたいです。

にほんブログ村 音楽ブログ 純邦楽・和楽器へ
にほんブログ村

2010年2月 2日 (火)

発想の転換を

 お稽古のときに、「発想の転換」が必要だという話になりました。たとえば、スキージャンプのV字形飛行など、それまでの常識にとらわれなかったために、うまくいくことがあるのです。
 尺八を鳴らすためには、従来の考えにとらわれず、新しい発想が必要なようです。「尺八はラジオのような受信機で、空間(宇宙)から電波を受信するようなものだ」という話を以前聞きました。受信機の感度をあげると、いろんな電波が飛び込んできて、それが尺八の様々な音色に変換されるというのです。
 雑念を取り払い、感性を研ぎ澄ますと、尺八の音色もさらにすばらしいものになるような気がします。

にほんブログ村 音楽ブログ 純邦楽・和楽器へ
にほんブログ村

より以前の記事一覧

その他のカテゴリー